遺留分の事前放棄と事情変更

遺産分割・遺留分

コラム「遺留分の事前放棄」において、遺留分の事前放棄が家庭裁判所から却下された事例についてご紹介いたしました。遺留分の事前放棄が認められた場合であっても、審判後に事情変更が生じた場合には、遺留分放棄の許可審判の取消しがなされる可能性があります(家事事件手続法78条1項)。本コラムでは、遺留分放棄の許可審判の取消しが認められた場合と認められなかった場合について、紹介いたします。


1.遺留分放棄の許可審判の取消しが認められた事案

■継母との養子縁組の存在を前提に、実父の遺留分放棄の許可審判がなされたが、実父の相続開始前に継母と離縁した事例
「相続開始以前の遺留分放棄の制度自体が、旧民法のもとでは無効と解すべきものとされていたところ、現行民法において新たに設けられた規定であるが、相続開始以前においては相続権の放棄が許されないのに対比して考えれば、安易に遺留分放棄を許せば、民法の平等相続の原則を、不合理、不公正に破壊することになりかねないところである。そこで、遺留分放棄許可審判に際しては、その放棄が真意に出たものであるかどうかおよび放棄するに至つた実質的の理由の合理性の有無を慎重に確かめる必要があると解せられている。つまりその放棄はみだりに許されるべきでないといわなければならない。
 そうして、相続開始前の遺留分放棄の状態は、継続的法律関係の設定であるとはいいにくいが、明らかにその理由とする基礎的前提事実関係が変更し、その変更が極めて明らかである場合は、遺留分放棄許可はもはや実情に適しなくなつたものであつて、かえつて実情に合致させる措置をとることが要請されると解すべきである。従つて、事情が変更した結果、現在その意思のなくなつた相続人を、なお遺留分放棄の状態に留まらせる必要は少しもなく、むしろ、その状態を旧に復すべきである。」(東京家裁昭和44年10月23日審判)


2.遺留分放棄の許可審判の取消しが認められなかった事案

■相続人に多額の債務があり、相続財産に対する強制執行の不安から許可審判を実施したが、事後的に債務を完済したことを理由に許可審判の取消を実施した事例
「相続の開始前における遺留分の放棄についての家庭裁判所の許可の審判は、遺留分権利者の真意を確認すると共に、遺留分放棄の合理性、相当性を確保するために家庭裁判所の後見的指導的な作用として合目的性の見地から具体的事情に応じて行われるものであるから、家庭裁判所は、いつたん遺留分の事前放棄を許可する審判をした場合であつても、事情の変更によりその審判を存続させておくのが不適当と認められるに至つたときは、これを取り消し、又は変更することが許されるものである。しかしながら、他面、遺留分の事前放棄の許可の審判も、諸般の事情を考慮した上、公権的作用として法律関係の安定を目指すものであるから、遺留分放棄者の恣意によりみだりにその取消し、変更を許すべきものでないことはもとよりである。したがつて、遺留分放棄を許可する審判を取り消し、又は変更することが許される事情の変更は、遺留分放棄の合理性、相当性を裏づけていた事情が変化し、これにより遺留分放棄の状態を存続させることが客観的にみて不合理、不相当と認められるに至つた場合でなければならないと解すべきである。
 これを本件についてみるに、先に引用した原審判認定のとおり抗告人がいつたんは連帯保証債務を負担したもののそれが主債務の完済により消滅したことにより、抗告人主張のとおり将来相続財産につき強制執行を受ける不安が解消したとしても、このような不安の解消によつて、抗告人につき遺留分放棄の状態を存続させることがことさら不合理、不相当と認められるに至つたものとはとうてい考えられない。」(東京高裁昭和58年9月5日決定)

遺留分放棄については、弁護士にご相談ください。

弁護士: 田代梨沙子