居住利益(建物編) 

遺産分割・遺留分

1 はじめに

 相続人の一人が被相続人の財産を継続して使用することで利益を受けていた場合、それは特別受益にあたるのでしょうか。例えば、相続人の一人が生前から被相続人の所有する建物に無償で居住していた場合、遺産分割の協議や調停において、他の相続人から、居住利益(賃料相当額)を特別受益として考慮すべきである、などとして問題提起される場面が偶に見られます。本コラムでは、被相続人の建物に無償居住している場合を例にあげて実務上の傾向を紹介します(土地については、次回のコラム「居住利益(土地編)」で取り上げます)。

2 建物の無償使用

 結論としては、相続開始前後を問わず、建物の居住利益は特別受益にならないとするのが一般です。理由としては、①建物については、明渡しの執行が比較的容易であるため、遺産である建物の価値は減少しておらず、翻って、相続人が利益を得ているという関係は成り立たない、②建物使用貸借は,恩恵的要素が強いため,遺産の前渡しは言えない、などと説明されます(相続開始後の居住利益については、被相続人と相続人との間に特段の事情がない限り、相続開始後を始期、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していると推認されますが(最高裁平成8年12月17日判時1589号45頁)、この使用貸借は遺産分割時までの過渡的なものにすぎないため特別受益にあたらないと考えられます)。

 この点について、収益物件に無償居住している場合には、賃料相当額が特別受益となる余地があるとする見解もありますが、仮に特別受益だとしても、被相続人がそれを持ち戻すことは予定していない(持戻免除の意思表示があった)として、遺産の分割手続を進めるのが一般的な傾向です。

 なお、一般的な傾向は以上のとおりですが、裁判例では、相続人が被相続人の居住建物とは別の建物に無償居住していた場合であって、かつ、無償居住していた建物が好立地・床面積も広いことを考慮して、「恩恵的要素を重視することは相当ではなく,むしろ,これを生計のための資本としての贈与とみるのが相当」と判示したものもありますので(東京地判平成27年3月25日)、結局はケースバイケースの判断にならざるを得ないでしょう。

3 おわりに

 以上、建物の無償利用を例にあげて実務上の傾向を紹介しました。次回のコラムでは、土地の無償利用を取り上げます。

 

■参照文献

東京弁護士会法友全期会 相続実務研究会「遺産分割実務マニュアル第4版」(株式会社ぎょうせい)167頁以下

弁護士: 谷貴洋