相続開始前の遺産分割の有効性

遺産分割・遺留分

1 問題の所在

 被相続人が亡くなりそうな際に、被相続人が亡くなる前に相続人間で行った遺産分割(作成した遺産分割協議書)は有効なものと言えるでしょうか。

2 相続開始前の遺産分割は無効

 相続開始前の遺産分割協議は無効です。遺産の範囲は、被相続人が亡くなって初めて確定するからです。裁判例(横浜池川崎支判昭和44年12月5日家月22巻7号53頁)も、「いうまでもなく、遺産の範囲は相続の開始により初めて確定するのであつて、その相続放棄や分割協議の意思表示は、そのとき以後における各相続人の意思によりなさるべきものであるから、当事者間で事前にこれらの意思表示をなすも何らの効力を生じないものといわなければならない。」として、相続開始前に行われる遺産分割協議は無効であるとしています。

3 相続を円滑に行う旨の当事者の合意としては有効

 ただし、相続に関する相続人間の合意は、遺産分割協議としては無効であったとしても(その遺産分割協議書で相続手続自体を行うことはできないとしても)、当事者間の合意としては必ずしも無効にはならないと考えられます。関連する裁判例をご紹介します。

 東京地判平成18年2月24日は、相続人間で、「親族で経営する会社(=原告)から土地を譲り受ける相続人(=Y1)を決め、その相続人は近い将来発生するであろう父の相続で権利を主張しない」というような合意(覚書の作成)をした事案で、その覚書のとおりに原告から当該土地を譲り受けたY1に対し、当該合意の無効を理由として行われた原告からY1に対する土地明渡請求について、次のとおり判示して請求を棄却しました。

「本件覚書は,原告の社員である被告Y1とFら4人とが,近い将来予想される父Aの相続の処理を円滑に行う目的をもって,被告Y1が原告(=役員が全てAの子らによって構成されている同族会社)所有の本件土地と竣工予定の本件建物を原告から取得し,その代償として,被告Y1がAの財産を相続しない旨をFら4人と約定したものであり,Fら4人と被告Y1の間の契約関係として合意することが十分できるものであり,実際にも,Fら4人は,徳住弁護士と連絡を取り合いながら,Gが本件覚書に参加調印しなくても,本件覚書の各条項を当事者双方が履行できるように原告の臨時社員総会議事録などを作成し,また,本件覚書締結後,速やかに,本件土地の所有権移転登記,建物の被告会社への表示登記,原告の持分譲渡,役員変更登記,Y2持分登記を行っているのであるから,本件覚書は,Aの相続に関連するものとはいえ,内容それ自体においても,また,当事者の意識としても,Aの生前において遺産分割協議を行ったものでないことは明らかであり,かつ,当事者間の合意としてその効力を有するものというべきである。」

弁護士: 相良 遼