相続人以外への贈与と特別受益
遺産分割・遺留分
1 問題の所在
特別受益は「相続人間」の平等を図るための制度ですので、「相続人以外」の者に対して生前贈与や遺贈がされたとしても、原則として特別受益にはなりません(持戻しの対象にはなりません。)。しかし、例えば、相続人の妻や子といった、相続人と極めて関係の深い者に対して生前贈与や遺贈がされた場合であっても、特別受益としては一切考慮されないのでしょうか。
2 実質的に相続人に対する贈与と同視できる場合は特別受益になる
実務上、相続人以外の第三者に対する贈与であっても、それが実質的には相続人に対する贈与と同視できる場合は特別受益に当たるとして持戻しが認められております。以下、そのような判断がされた審判例をご紹介します。
(1)福島家白河支審昭和55年5月24日家月33巻4号75頁
被相続人から「相続人の夫」に土地生前贈与がされた事案で、以下の通り、当該贈与は相続人に対する特別受益に当たると判断されています。
「遺産分割にあたっては、当事者の実質的な公平を図ることが重要であることは言うまでもないところ右のような場合、形式的に贈与の当事者でないという理由で、相続人のうちある者が受けている利益を無視して遺産の分割を行うことは、相続人間の実質的な公平を害することになるのであって、贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならないと認められる場合には、たとえ相続人の配偶者に対してなされた贈与であってもこれを相続人の特別受益とみて、遺産の分割をすべきである。」
「これを本件についてみると、前認定の贈与にいたる経緯から明らかなとおり、本件贈与はA(=相続人)夫婦が分家をする際に、その生計の資本としてAの父親である被相続人からなされたものであり、とくに贈与された土地のうち大部分を占める農地についてみると、これを利用するのは農業に従事しているAであること、また、右贈与は被相続人の農業を手伝つてくれたことに対する謝礼の趣旨も含まれていると認められるが、農業を手伝つたのはAであることなどの事情からすると、被相続人が贈与した趣旨はAに利益を与えることに主眼があつたと判断される。登記簿上B(=Aの夫)の名義にしたのは、Aが述べているように、夫をたてたほうがよいとの配慮からそのようにしたのではないかと推測される。以上のとおり本件贈与は直接Aになされたのと実質的には異ならないし、また、その評価も、遺産の総額が、21,473,000円であるのに対し、贈与財産の額は13,551,400円両者の総計額の38%にもなることを考慮すると、右贈与によりAの受ける利益を無視して遺産分割をすることは、相続人間の公平に反するというべきであり、本件贈与はAに対する特別受益にあたると解するのが相当である。」
(2)神戸家尼崎支部審昭和47年12月28日家月25巻8号65頁
また、被相続人から「相続人の子」に贈与がされた事案で、以下の通り、当該贈与は、実質的にはその相続人が被相続人から贈与を受けたのと変わらないから、特別受益として持戻しの対象になると判示しました(*1)。
「ところで、このように共同相続人中のある相続人の子が被相続人から生計の資本として贈与を受けた場合において、そのことがその相続人が子に対する扶養義務を怠つたことに基因しているときは、実質的にはその相続人が被相続人から贈与を受けたのと選ぶところがないから、遺産分割に当つては民法903条を類推適用してその相続人の特別受益分とみなし、持戻義務を認めて相続分を算定するのが公平の見地からいつて妥当である。」
「本件について見ると、被相続人のA(=相続人の子)に対する上記贈与は申立人(=相続人)の家出による扶養義務不履行が原因であるから、これを申立人の特別受益とみることができる。」
*1:本審判例では、「相続人の子」への生前贈与について、それが特別受益として認められるためには「相続人の当該相続人の子への扶養義務の不履行」があることが必要かのような記載ぶりになっていますが、上記(1)の審判例のとおり、「贈与の経緯、贈与された物の価値、性質これにより相続人の受けている利益などを考慮し、実質的には相続人に直接贈与されたのと異ならない」と言えるかどうかが問題であり、本件では「相続人が家出をしたので被相続人が相続人に代わって相続人の子に対して学費や生活費を援助した」という「贈与の経緯」が重視され、「相続人へ直接贈与されたのと異ならない」と判断されたと考えられます。その意味で、「相続人の子」に対する生前贈与が特別受益と認められるかどうかについて、「相続人の扶養義務不履行」が認められなければならないわけではないと考えられます。
弁護士: 相良 遼