遺言能力を欠くことから遺言が無効であると判断された事例

遺産分割・遺留分

1 はじめに

遺言が有効とされるためには、遺言者が遺言を作成した時点に遺言能力を有していることが必要です。そして、遺言能力とは、「遺言の内容を理解し、遺言の結果を弁識し得るに足りる意思能力」を指します(コラム「遺言能力について」)。本コラムでは、遺言作成時に、遺言者には遺言能力がないと判断され、結果として遺言が無効であると判断された事例を紹介いたします。

2 判例


①遺言年月日の2年前の段階で改定長谷川式簡易知能評価が30点中9点であったこと(20点で認知症疑い)、遺言当時、紙幣の区別がつかない等一人での外出が困難であり、簡単な会話以外は意思疎通が困難であった等の事情から自筆証書遺言が無効とされた事例。
「亡Bについては,平成22年11月時点で,認知症の判断スケールである改訂長谷川式簡易知能評価スケールの点数は9点であり,認知症の疑いがあると判断される20点を大きく下回っていたこと,平成24年当時,亡Bは,短期記憶や判断・認識能力が著しく低下し,一人で外出したり,自らの身の回りのことをするのが困難な状況にあり,新聞やテレビの内容を理解できず,簡単な会話以外には周りの者との意思疎通が困難であったこと,医師の意見に基づき,平成24年8月31日に後見監督人選任の申立がされ,本件遺言書作成直前の時期である同年10月11日に後見監督人が選任されて成年後見が開始されたこと,亡Bは,原告X6及びGとともに外出した日の帰宅後にJから何をしたかを尋ねられた際,説明することができなかったことに照らせば,前記認定のとおり,亡Bは,事理を弁識する能力を欠いた状態で,内容を理解しないまま,原告ら代理人弁護士作成の下書きを単に書き写したものと考えるのが自然であり,相当である。」
(東京地方裁判所平成28年12月13日判決)

②遺言当時、アルツハイマー型認知症が相当進行しており、遺言の内容自体を理解及び記憶できる状態ではなかったとして、公正証書遺言が無効とされた事例。
「Bは,本件遺言を行った当時,アルツハイマー型認知症により,その中核症状として,短期記憶障害が相当程度進んでおり,自己の話した内容や人が話した内容等,新たな情報を理解して記憶に留めておくことが困難になっていたほか,季節の理解やこれに応じた適切な服装の選択をすることができず,徘徊行動及び感情の混乱等も見られるようになっていたということができるから,その認知症の症状は少なくとも初期から中期程度には進行しており,自己の遺言内容自体も理解及び記憶できる状態でなかった蓋然性が高いといえる。
 そして,本件遺言の内容には,別紙物件目録記載1及び2の各土地(Bの持分である各100分の86)並びに同目録記載3の建物を原告と被告に2分の1ずつ相続させる旨の内容を含むが,他方,付言事項として,これらの土地及び建物を実際に分割する場合には道路に面した土地と通路付きの奥の土地とに土地の価値が2分の1ずつになるようにし,前者を被告が,後者を原告が取得するようにするのがよいと考える旨も記載されており,上記各土地を分筆するなどして具体的にどのように分割するかは,上記各土地上には上記建物が存在していること,上記各土地はDも共有持分を有していること,実地において分割等を行う手掛かりとなる箇所が明らかでないことなどを考慮すると,遺産分割協議,遺産分割調停又は遺産分割審判といった手続や更に共有物分割手続を経ても,これらの手続の中で分割する方法を具体化し,これを実現することは容易ではないといわざるを得ないし,本件遺言は平成16年遺言に比して複雑な内容となっていることも指摘できる。
 以上の事情を総合考慮すると,本件遺言内容についてBが遺言を行う能力は欠けていたと評価すべきものであり,本件遺言は無効であるというべきである。」
(東京地方裁判所平成29年6月6日判決)

弁護士: 田代梨沙子