遺留分侵害の有無が未確定の場合の消滅時効の起算点について
遺産分割・遺留分
1 はじめに
遺留分侵害額の請求には「遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間」(民法1048条)の短期消滅時効期間があります。本コラムでは、「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」の解釈について解説いたします。
なお、遺留分侵害額請求の消滅時効とその成立を防ぐための意思表示の方法については、別コラム「遺留分侵害額の請求の意思表示方法」をご参照ください。
2 「遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」の意義と解釈
改正前民法が適用されていたころの判例ではありますが、最判昭和57年11月12日・民集36巻11号2193頁は、以下の事案において、遺留分減殺請求(※当時は現行民法の遺留分侵害額請求ではなく、改正前民法の遺留分減殺請求)の短期消滅時効の起算点について判断しました。
【事案】
- 被相続人が生前、養子と愛人に唯一の財産たる不動産を生前贈与した。
- 相続開始後、被相続人の妻が愛人らに対し、民事訴訟(上記判例の第一審)において、当該生前贈与の公序良俗違反無効を主張してその有効性を争っていた。
- 上記民事訴訟の第一審において、最終的に当該生前贈与は不法原因給付(民法708条)に該当するとして、当該生前贈与は有効であると判断された。
- 当該生前贈与が有効であると判断されたことから、同訴訟の控訴審(上記判例の原審)において、被相続人の妻が遺留分減殺請求の意思表示をしたが、愛人ら側より短期消滅時効の抗弁が主張された。
上記判例は、「減殺すべき贈与があつたことを知つた時」(改正前民法1042条)の意義について、以下のとおり判示しております。
「民法一〇四二条にいう『減殺すべき贈与があつたことを知つた時』とは、贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知つた時と解すべきであるから、遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上抗争しているような場合は、贈与の事実を知つただけで直ちに減殺できる贈与があつたことまでを知つていたものと断定することはできないというべきである」
上記判示によれば、①単に生前贈与や遺贈の事実のみならず、②それが遺留分を侵害するものであることを知ったときが、遺留分減殺請求の短期消滅時効の起算点になるということになります。他方で、当該贈与について、遺留分権利者がその無効を争っているような場合、上記②の認識があるとまでは断定できないとしました。
もっとも、上記判例は、以下のとおり判示して、最終的には遺留分減殺請求権の短期消滅時効の成立を認めました。
「しかしながら、民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば、遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば、それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であつても時効は進行を始めないとするのは相当でないから、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合においては、無効の主張について、一応、事実上及び法律上の根拠があつて、遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかつたことがもつともと首肯しうる特段の事情が認められない限り、右贈与が減殺することのできるものであることを知つていたものと推認するのが相当というべきである。」
すなわち、遺留分権利者において上記①の生前贈与や遺贈の事実に加えて、②’当該贈与等の対象が被相続人の財産の大半を占めることを知っていた場合、仮に遺留分権利者がその有効性等を争っていたとしても、原則として上記②の認識があったことが推認されることになります。
他方で、当該贈与等の無効主張について、事実上及び法律上の根拠があるために、遺留分権利者がその無効を信じて遺留分減殺請求権を行使しなかったことがもっともといえる特段の事情が認められる場合は、例外的に上記②の認識があったことが推認されないことになります。
なお、上記判例では、第一審において不法原因給付の抗弁の主張を記載した準備書面が陳述された口頭弁論期日をもって、遺留分減殺請求権の短期消滅時効の起算点としました。遺留分権利者(被相続人の妻)は①と②’の事実をいずれも同期日前に知っていたはずであることから、判決において明示はされておりませんが、裁判所において、不法原因給付の主張がなされるまでは、上記例外の要件となる「特段の事情」があったと考えていたと思われます。
3 上記判例を踏まえた注意点
以上のとおり、仮に遺留分を侵害する生前贈与や遺贈の無効を争っていたとしても、遺留分侵害額請求の短期消滅時効が進行する可能性は十分にあるため、できるだけお早めに権利行使をすることが推奨されます。
弁護士: 土井將