遺産分割と死後認知

遺産分割・遺留分

1 相続の開始後に認知された者の価額の支払請求権

 民法910条は、「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしたときは、価額のみによる支払の請求権を有する。」と規定しています。この規定は、遺産分割の効力を維持した上で被認知者に価額支払請求権を与えることによって、被認知者と他の共同相続人との利害の調整を図るものです(谷口知平=久貴忠彦編『新版注釈民法(27)〔補訂版〕』434 頁[川井健])。

2 民法910条に基づき価額の支払を請求する場合における遺産の価額算定の基準時

 遺産分割時、民法910条に基づく価額の支払請求時あるいは口頭弁論終結時を遺産の価額算定の基準時とすることがあり得るところで、長きにわたり判例実務は確立していませんでした。
 そうしたところ、最判平成28年2月26日(民集70巻2号195頁)は、「民法910条の規定は、相続の開始後に認知された者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既にその分割その他の処分をしていたときには、当該分割等の効力を維持しつつ認知された者に価額の支払請求を認めることによって、他の共同相続人と認知された者との利害の調整を図るものであるところ、認知された者が価額の支払を請求した時点までの遺産の価額の変動を他の共同相続人が支払うべき金額に反映させるとともに、その時点で直ちに当該金額を算定し得るものとすることが、当事者間の衡平の観点から相当である」として、民法910条に基づく価額の支払請求時を遺産の価額算定の基準時とすべきことを明らかにしました。

3 民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額

 遺産の分割の対象とされた積極財産の価額、遺産の分割の対象とされた積極財産の価額から消極財産の価額を控除した価額のいずれが民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額であるかが争いになった事案で、最判令和元年8月27日(民集73巻3号374頁)は、「同条に基づき支払われるべき価額は、当該分割等の対象とされた遺産の価額を基礎として算定するのが、当事者間の衡平の観点から相当である。そして、遺産の分割は、遺産のうち積極財産のみを対象とするものであって、消極財産である相続債務は、認知された者を含む各共同相続人に当然に承継され、遺産の分割の対象とならないものである。」とした上で、「相続の開始後認知によって相続人となった者が遺産の分割を請求しようとする場合において、他の共同相続人が既に当該遺産の分割をしていたときは、民法910条に基づき支払われるべき価額の算定の基礎となる遺産の価額は、当該分割の対象とされた積極財産の価額であると解するのが相当である。相続債務が他の共同相続人によって弁済された場合や、他の共同相続人間において相続債務の負担に関する合意がされた場合であっても、異なるものではない。」と判示しました。
 相続債務が他の共同相続人によって弁済されていた場合、被認知者が弁済をした共同相続人に対して不当利得返還債務を負うことがあり得ますが、当該共同相続人が同条の支払請求の相手方であれば、相殺によって処理することが考えられます(判タ1465号49頁参照)。

弁護士: 林村 涼