相続分の譲渡とは
遺産分割・遺留分
被相続人が亡くなった場合、相続人としては、他の相続人との間で遺産分割協議(場合によっては遺産分割調停)を行うか、あるいは、相続放棄を行うかのいずれかの選択肢を取るのが一般的ではないかと思います。
本稿では、その他の選択肢として、「相続分の譲渡」という手段があることをご紹介させていただきます。
1 相続分の譲渡の意義
相続分の譲渡とは、相続財産全体に対する共同相続人の有している割合的持分あるいは法律上の地位を移転することを言います。つまり、共同相続人として、法定相続分に従って遺産(プラス財産だけでなく、借金などのマイナス財産も含まれます)を承継することができる地位そのものを、第三者又は他の共同相続人に移転させることを言います。
そして、この相続分の譲渡は、他の共同相続人に対してはもちろん、本来であれば被相続人の共同相続人ではない第三者に対しても、有効に行うことができます。また、相続分の譲渡については、法律上、特別な要件や形式が定められているわけではありませんので、譲渡人と譲受人との間の合意だけで、有効に行うことができます。
なお、相続が発生した場合、遺産を構成する個々の財産は、原則として、共同相続人の共有に属することとなりますが、本稿で取り扱う相続分の譲渡は、この個々の財産について共同相続人が取得することとなる共有持分の譲渡とは異なります。
2 相続分の譲渡の効果
相続分の譲渡が行われた場合、譲渡人は相続人としての地位を失い、譲受人が相続人としての地位を取得することとなります。その結果、相続分の譲渡がなされた場合、以下で述べるような処理がなされることになります。
①相続分の譲渡が行われたことにより、譲渡人が遺産分割に関する手続から排除され、譲受人が遺産分割に関する手続に関与することとなります。
そのため、相続分の譲渡がなされた場合には、譲受人を含めた形で遺産分割協議を行なわなければならず、また、遺産分割調停を行うときにも、譲受人を当事者として手続に関与させなければなりません(但し、第三者に対する相続分の譲渡が行われた場合、民法905条の規定に基づいて、他の共同相続人によって、相続分の取戻しが行われる可能性もあります。)。
他方、相続分の譲渡が行われた場合、譲渡人は遺産分割に関する手続に関与する必要がなくなり、仮に、遺産分割調停が係属している途中で相続分の譲渡が行われた場合には、当該相続分の譲渡を行った相続人は、排除決定により遺産分割調停から離脱することになります。
②①で述べた遺産分割手続の結果に従って、譲受人は、被相続人の相続人として、遺産を承継することになります。
この点について、被相続人の遺産に債務が含まれる場合、相続分の譲渡の効力は、当然、当該債務(相続債務)にも及びますが(この意味で、相続分の譲渡は債務引受けと同様の効果を持つこととなります。)、相続分の譲渡によって、債権者の意思と無関係に、譲渡人が債務を負担しなくなるというのは適切でないことから、相続債務については、相続分の譲渡が行われた場合であっても、譲渡人が債務を負担し続けると考えられていますので、注意が必要です。
3 相続分の譲渡のメリット
以上の通り、相続分の譲渡の内容について紹介させていただきましたが、実際上、相続分の譲渡が行われるケースはそれほど多くありません。しかしながら、以下で述べるようなケースにおいては、相続分の譲渡という選択肢を取ることにメリットがあると思われます。
①相続人が多数に及ぶ場合
被相続人の死亡後時間が経過しているなどの理由で相続人が多数に及ぶケースにおいては、共同相続人との間で遺産の範囲や遺産分割の方法に争いがない場合であったとしても、遺産分割協議又は遺産分割調停を成立させるために煩雑な手続が必要となってしまいます(相続人全員との間で遺産分割について合意を成立させることが必要であるためです。)。
そこで、相続人が多数に及ぶ場合には、予め共同相続人間で相続分の譲渡を行い、遺産分割手続に関与する当事者を整理することで、手続をスムーズに進行させることができるというメリットがあります。
②相続人が相続に関する紛争に巻き込まれることを望んでいない場合
上述の通り、相続人が相続分の譲渡を行うことにより、相続人は遺産分割手続に関与する必要がなくなります。それゆえ、共同相続人間で、遺産の範囲や遺産分割の方法等に関して争いがある場合など相続人が相続に関する紛争に巻き込まれることを避けたいと考えているような場合には、相続分の譲渡を行うことによって、こうした紛争から解放されることができます。
なお、この点については、相続に関する紛争から解放されるだけであれば、相続放棄の手続を取ることも考えられるところです。
しかしながら、相続人が相続放棄を行った場合には、被相続人の相続に関して何ら権利を得ることができません(他方で、相続債務を負担することも一切ありません)が、相続分の譲渡であれば、譲受人から相続分の譲渡について一定の対価を得られる可能性もあります。
また、相続放棄を行った場合と相続分の譲渡を行った場合とでは、他の共同相続人の法定相続分が異なってきますので、この点も考慮に入れる必要があります。
例えば、父母と2人の子で構成される4人家族において、父が死亡し相続が発生したというケース(法定相続分は、母は2分の1、子はそれぞれ4分の1となります)において、母が相続放棄をした場合には、母が最初から相続人でなかったとみなされる結果、子の法定相続分はそれぞれ2分の1となりますが、母が子の1人に相続分の譲渡を行った場合、相続分の譲渡を受けた子の法定相続分は4分の3、他方の子の法定相続分は4分の1となります。
この通り、相続分の譲渡を行うことにより、相続人の意思に合致した相続の処理を行うことが可能となるケースも考えられます(上述の例で言えば、母が父の相続に関する紛争に巻き込まれたくはないが、同居して父や母の面倒を見てくれていた子により多くの遺産を与えたいと考えているような場合などには、相続放棄ではなく相続分の譲渡を行うことにより,相続人の希望を実現することが可能です。)。
以上の通り、一般にはあまり知られていない相続分の譲渡ですが、一定の場合には、相続分の譲渡という選択肢を取ることにメリットがあると思われますので、遺産分割について悩まれている場合には、一度、弁護士に相談されることをお勧めします。
弁護士: 野田俊之